思い出すことなど

不定期更新

雑記Ⅲ

こちらの下書きは5月に書いてありました。

結果として、1年弱住んだ大阪での記録になりました。

もっと写真を入れたいな〜って思ってたけど、結局撮りそびれてしまったので、ほぼ写真なしでお送りします。

〜〜〜〜〜〜〜

 

・横断歩道のメロディーが違うことや、知らない薬局やスーパーが幅を利かせていること

普段生活していたら気にもかけないようなことかもしれない小さなことで

今までとは違う街に住んでいることに気がつく。

 

・関東と関西の違いを探すのは面白い。普段なんとなく生活をしていると気が付かないことも多く、間違い探しに似ている。

友人が遊びに来たときに、電車のホームにあるベンチが向かい合わせで面白いね、と言われて初めて気がついたことがあった。

こういう何気ないことに気が付ける人間でありたい。

何も聞かず、何も見ず、ただ移動したり

簡単にできるはずなのに、気が付いたら携帯がないと不安な自分がいるね。

 

コストコサプリメントを買ったら思いのほか一粒一粒がbig sizeで戸惑い。よく見たらパッケージに原寸大サイズが書いてあった。f:id:doudemoyosugi:20250503222253j:image

アメリカ製品には珍しい気遣い。

わたしは錠剤を飲むのが昔から苦手で(母曰く食道が細いんだろうとのこと)、ここ数年でやっと飲めるようになったところなので、このサイズはだいぶ厳しかった。

毎回チャレンジはするけど飲めずに、錠剤を半分に切ることになるんだけど、これが不味いのなんの。

(今まで色んな薬を溶かしたり切ったり、普通に薬を飲める人は味わわない薬本来の味?を味わってきた私からしても、これはかなり不味い部類に入る。)

でもしばらく頑張ってたらだんだん飲めるようになってきて、この頃は集中したらごくんと飲めるようになった。

継続は力なりを実感。

 

・ポイントカードがいらないお店では、レシートと一緒に「無料でお作りしました」といってカードをわたされるのに、ちょっと作ってもいいかもというお店では「ポイントカードはお持ちですか?」のあと何も聞かれず、でも作れますか?と聞くほどではないのでそのまま作らないでいる。

すると、もちろんのことだが、お会計のたびにカードの有無を聞かれるので毎回損した気持ちになる。

「次回またよろしくお願いします」の代わりに

「お作りはよろしいですか?」と聞いてくれたらいいのになーと勝手にひとのせいにしておしまい。

 

・定期的に小顔矯正に通っているのだが、この間はじめて、水素吸引しましょうね〜と鼻にチューブをつけられ、問答無用で水素を吸引することになった。

身体の中にある活性酸素が悪さをするので、水素を吸引することでそいつらを水素とくっつけて水にするという。以前から美容医療で取り入れられていたが、最近は科学的?根拠が認められて医療現場でも使われており、政府が補助金も出しているという。このように、まずはじめに美容系で取り入れられ、その後医療に使われるケースは少なくないらしい。

(いつも施術をしてくれるサロンのオーナーは知識が豊富で、色々なことを教えてくれる。たとえば、気は上がりやすく下がりにくいだとか、大阪で芸能人に遭遇するなんてことは早々ないだとか、実に様々なことを。)

施術を受けながらの吸引のため、たまにチューブが引っかかり、鼻フックのようになることもある。

ここまでして私は綺麗になりたいのだろうか...と冷静になる瞬間である。

今まではあまりちゃんと美容をやってこなかったのだけれど、どんな内容であれ、けっこう滑稽な状態なことが多いので、施術中はあまり冷静になってはいけないような気がした。

 

・スーパーの値引き商品を探すのが好き。なんだか宝探しに似ている。そして良いところがたくさん。

○そこまで期限が近くないものも結構値引きされてることがある

○定価だったら買わないような商品を試すきっかけになる

○食品ロスに貢献できるのにお得感がある

以上、私が感じている好ましい点


○値引きシールが恥ずかしい

↑これは好ましくない点

真っ赤で大きな文字で30%引きとか書いてあるものばっかりレジに持っていく時は、なんでもない風を装って堂々とするようにしてる。私は食品ロスに貢献してます!みたいな面持ちで。

虚勢でもそういった雰囲気や姿勢を見せることが結構効いたりするってことを私は知っている。

 

・ 捨てるときに牛乳パックはうまく開けるけど太めの長方形タイプはうまく開けない。ミルクティーの元とか、豆乳とか。正解を知りたい

 

・ デパートにスポーティーな格好の男性がいると思ったら、どうやらデパートの中をランニングコースにしている模様。

やめた方がいい。

 

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ここまで読んでくれた人がいたら有難うございます!

最近全然書いていなかったけど、更新を機に書いていこうという気持ちになったよ。

それでは次回まで皆さんお元気で。

雑記Ⅱ

前の投稿で書いた、blogを書くようになってから書き溜めていたあれこれをやっと加筆修正して、載せてもいいかなと思えるくらいには整えられました。

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・花粉の季節。

くしゃみをしたときのblessed you やsalud にあたる日本語がほしい。

 

・携帯のバイブレーション機能を考えた人はすごい。音が鳴らないので周囲に迷惑がかからず本人に通知を伝えることができる。目が見えなくても耳が聞こえなくても、振動を感じることはできる。

 

・結局何を着るかではなく着る人が大事なんだということに定期的に気がついては萎えることを繰り返している。

大抵買い物をする時はそのことを忘れている時。

 

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これはお気に入りのOsanpoTシャツ。remix versionだよ。

※突然の紹介ですが、この売り上げは犬の保護団体に寄付するとあったので、こちらは慈善活動の一環となります。

Osanpo (feat. 般若 & R-指定) [Remix]

Osanpo (feat. 般若 & R-指定) [Remix]

  • SOCKS & DJ RYOW
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

猫派でもこの曲大好き。

 

・素敵なひとやものをみるだけじゃ、手に入れられないけど

見る目は磨かれていってる気がする。

気、だけでも大事。

でもセンスってどうやって磨かれるんだろう。

センスの磨き方、なんて本があると思うけど、本当にセンスが良い人はそんな本を読んでないだろうし。幼少期の経験が影響しているのかしらん。

(今気がついたけど、もしかしたらそういうことが書いてあるのかも。小さい頃からアートに触れましょう、みたいな。だとしたら、読者というよりその子どもなんかをターゲットにしてるのか?今度読んでみようしら。)

 

・ホールケーキを見ると悲しくなることがある。悲しいというより、切ないという言葉の方が適切かもしれない。

家族も少なく、友人も一対一の付き合いが多いから、ホールケーキを食べた記憶よりも、好きなカットケーキを買って分けた思い出の方が多いからだと思う。

なんの記念でもなくても、ひとつの大きなケーキを買って周りの人と分け合いたいよ。

もちろんどんな形のケーキでも嬉しいけど、ひとつのものをみんなで分ける、“シェアハピ”を可視化してるようなところがポイントが高いのかもしれない。

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少人数用サイズのホールケーキもありがたくてとても好き。

 

でも、チョコレートムースのホールケーキだったら、好きなフルーツタルトの1ピースのほうがいいかも。

「なるべく小さな幸せと なるべく小さな不幸せ

なるべくいっぱい集めよう

そんな気持ちわかるでしょう」

情熱の薔薇

情熱の薔薇

  • provided courtesy of iTunes

そういうこと。


The Blue heartsの曲を聴くといつも涙が出ちゃいそう。

家には2枚組のベストアルバムがあって、小学生のとき、それをCDプレイヤーで何度も何度も流しては踊ってた。歌詞に合わせて振り付けをつけて、踊るような曲ではないけど、大好きだったなぁ。もちろん今も。

 

〜〜〜〜〜〜〜

ここまで読んでくれたひとがいたら、ありがとうございます。

後もう一回分、雑記シリーズができそうなので、またすぐ更新できると思います。

スギは過ぎ去り、ヒノキ花粉がやってきたね。

私はまだ、発症していません。

みんなの無事を祈ってます。あと、将来の自分の無事も。

それではまた。

7月の日記

・地下鉄に乗っていると、走行中、チンというようなベルの音がする。

その音が連続して鳴っていることに最近気が付いて、海底二万マイルみたいだーと思う。

先頭車両に乗っているから聞こえるのか、どこにいても聞こえていたものなのかは、いまだにわからない。

 


・地下鉄に降りる途中、下から強い風が吹いてくることがある。

地下鉄は独特な匂いがして、以前は日本と海外とで匂いが違うなーと思っていたが

今は鈍感になったのか、同じように感じる。

熱せられたアスファルトからも、また違った独特な匂いがするが

私にとってはこれもまた世界共通で、懐かしいような恋しいような気持になる。

 


職場の最寄り駅で電車から降りて、階段を上って地上に出ると、目の前は往来の激しい大通りで、この時期は特にむわっと暑さと眩しい日差しにやられる。

そして現在は、向かい側で大規模な建設工事を行っていて、茶色の錆びた荒々しい鉄骨に、むき出しの針金、地面にはコンクリートブロックのかけらが転がっている。

そのような殺伐とした雰囲気と、昨年ニューヨークでみた建設現場がリンクして、暑さの他にすこし懐かしさがこみあげてきて

これが「こころが覚えてる」ってことなのかなとドラマ「アンメット」の台詞を思い出した。

アンメット、本当に良いドラマだった。

灯すって言葉がとても印象的。

 


・最近のお気に入り

メロンクリームソーダ

ソフトクリームとソーダが混ざった、あわあわの中間層が特に良い。

アイスは全部溶けたら悲しいけど、ソーダがないとのどが渇く。

ちょうどいいバランス。

おまけに上にチェリーが乗っていたらもっと好ましい。

 


この間喫茶店へ行ったら、クリームソーダの味が、メロン、いちご、レモンと様々あり

そこのお店のクリームソーダ(プレーン)は、もも味と書いてあった。

そういえば、メニューに「クリームソーダ」と記載しているお店もあれば、「メロンクリームソーダ」とあるところもある。

新しい発見。

いくつになっても、発見はある。

 


・この季節、歩いているときにあまり下を見てはいけない。

特に、目の端になにか横切ったかな?とか、何か動いたかな?などと思って探しに行ってはいけない。

この暑い時分、大抵足元でうごめいているものといったら限られてくるからだ。

 


かといって、あまり無関心を装ってもいけない。

この間、なにか踏んだかな?と思ったが確認せず歩き続け、そのあと今度はなにか蹴っ飛ばしたような気がしたのでちらとそのあたりを見てみたら

ひっくり返った夏の風物詩が転がっていく様が目に入った。

 


さっき踏んづけたものはなんだったのか、考えるのはやめることにした。

 

 

 

・家で整理整頓をしていたら、学生のころの使いかけのノート類がたくさんあった。

ばらばらと目を通してみると、日記だか報告書だかわからない、ある日の出来事が書いてあったり、創作のようなものが見受けられて

文章を書くのが昔から好きだったことを実感する。

また、全部書きかけというところは、なんとも三日坊主な自分らしい。

書いていてわかったことは、始めるのは簡単でも終わらせるのが難しいということ。

例えばドラマでも「はじめは面白かったんだけど...」という作品があるのと同じように、終わらせ方って難しい。

物事始まりから終わりまで良い、なんてことはほとんどないように思える。

 


「うまい物も食わねば惜しい。少し食えば飽き足たらぬ。存分食えばあとが不愉快だ。…」

 


また漱石を読みたくなってきた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜

ここまで読んでくれた人がいたらありがとうございます。

仕事もプライベートも落ち着かない生活が続いたせいか、体調を崩したり、いろんなことを言い訳にして更新をさぼっていました。

以前からだいぶさぼりがちの毎日つけている日記のほうも、書くことでストレス発散につながっていることに最近気が付いたので

寝る前に少しでいいので書こうと決めたよ。

3年日記だからあと1年半は意地でも続けます。

 


ついこの間、(XGを除けば)半年ぶりにLiveに行った。

しかも、「このひとが来日公演してくれたら嬉しいな」ってひとで、初来日公演にいけて本当に良かった!

行けるかわからなかったから、しばらくチケットの購入は見送っていたんだけど

1か月前に購入したわりに、場所と周りのお客さんがよくてとても見やすく、素晴らしい時間だった。

 


悲しい曲が多いため、"Are you ready to be sad tonight?”というセリフから始まり、"Hmm...You enjoy sadness I love it!"という途中でのコメントがあって嬉しかった。

 

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聴いていて、わたしにはやはり悲しみがお似合いだと思った。

 


enjoy sadness,そういうことだって出来るしやっていいんだと、もしかして初めて知ったのかもしれない。

 


それではまた。アデュー

自分をぎゅっと抱きしめてあげてもいいかも

日記帳を開くと、8月から1日も日記を書いていなかった。

実は仕事の合間に書いてある分もあるのだが、(outlookの下書きに溜まっている)おそらくそれも全日書いているわけではないだろうから、だいぶ日が空いてしまったということになる。

同様のことは過去に何度かあったが、数ヶ月以上あいてしまうことはまだ日記をつけるのが習慣になってなかった頃の話で、

せっかく3年日記を始めたのにもったいないことをしてしまったと思う。

なぜ空白が生まれてしまったのかと振り返った時に、

部署異動や引越しなどで色々忙しかったことを時系列で思い出す。

 


・7月

異動が決まる。ここから毎日出社だが、一人暮らしをやめたので、通勤時間がまた90分になる。また、異動先のチームの雰囲気がよくないことに気がつき始める。家探しも苦戦しており心身ともに消耗気味。

・8月

やっと家が決まり、一人暮らしの家と実家の引越し準備に取り掛かる。休みの日は梱包か、しばらく会えなくなるだろうということで手当たり次第知り合いに会う。職場でだいぶメンタルがやられており、早く引っ越して東京のチームを離れたいと思う。

・9月

ついに引越し。新しい土地や人々は新鮮で、新生活は大変さよりも楽しさが勝る。休日には近所開拓や、ちょっと遠出をしたり、家の中を整えるため買い出しに勤しむ。

一方、職場の人間関係は大阪のチーム内でも悪かった。が、東京よりはだいぶマシに思える。この会社に居続ける理由もないので、転職を本格的に検討する。

・10月

引越し後から慢性的に身体が疲れている状態だったが、月の後半からそれがなくなる。

職場にも慣れ、任される業務内容がどんどん増えていく。繁忙期もあり残業が増える。

上司も変わったが、人間関係が改善することはなく、逆に話し合いを重ねれば重ねるほど東京と大阪間の溝は深まる。

最終週に東京出張に行き、新しくきた人事担当者と面談する。

この出張が終わったら退職することも考えていたが、職場環境改善のため行動することを約束してくれた上司のことを信じてみることにする。

・11月

連休明け、体調が優れなかったので在宅勤務していたところ、同僚からのメッセージひとつで涙が止まらなくなり、息が上がって過呼吸のような状態になる。その日は19時過ぎまで業務を続け、翌日もいつも通り出勤できそうであったが、昨日の状態を考えるとちょっと休んだ方がよさそうだと思い、その週は休むことにする。

 


近所のメンタルクリニックで1ヶ月の休職の診断書を出してもらい、うつ診断をする。数値はそこまで高くなく、今のわたしは、周囲のストレスに適応できない、一時的なうつ状態であるらしい。

異動してから泣いてばかりいたが、気がつけばその頻度がぐんと増加していた。

直近では急に涙が止まらなくなったり、わっと衝動的に声を上げて泣き出してしまったり、自分の意思とは別にそういったことが起こるので、周囲の人はなおのこと、自分自身もどうしたらいいのか、手に余る子どものように感じていた。(実際いたことはないので、想像上の)

しばらくは、体調もいまいち優れず、食欲もないし、食べてみても胸やけがするし、外に出る気も起こらず家にいる、なんて毎日だったが

2週間も経つと少しずつ元気が出てきて、とりあえず先延ばしにしていた歯医者などの検診の予約をいれて外に出る機会を作った。

それでもたまに、自分元気ないなあと思う瞬間があって、落ち込むことが何度もあった。

 


しばらく仕事を休むと伝えたとき、

「毎日ご飯を作って家事もやって、新生活だけで疲れるのに、職場も仕事内容も変わって、新しい土地で、よくここまで頑張ったね」というようなメッセージを家族にもらい、

そのとき初めて、自分のことを褒めてあげてもいいかもしれないと思えた。

ほかの人だったらそつなくこなせるかもしれないけれど、自分にしては、よくやったと

ひとりで泣いているときに自分自身を抱きしめてあげるみたいに。

頑張ったね、大変だったね、お疲れさま。

ちょっとお休みしてもいいよ、人生まだこれからなんだから。

そう言ってあげてもいいのかも。

 


どこまで行ってもずっと一緒なのは自分自身だけだから大事にしよう。

わざと傷つけたくなるような時もあるかもしれないけれど、なるべくしないで

もし衝動が抑えられないなら最小限に。

泣くのも後悔するのも自分自身だから。

今回みたいに、自分のことなのにままならないこともたくさんあるかもしれないけれど

心配しないで、なんとかなるから、今までみたいに。

いつもありがとう。そして、これからもよろしく。

 

〜〜〜〜〜〜〜
このただの日記を読んでくれた人がいたら本当に有難う!

みんなも心身の健康を1番にね。

あったかくして寝よう。

疲れは水溶性だから湯船にもちゃんと浸かって、ゆっくりおやすみ。

今後のために、最近見て救われた動画を貼っておこう。

https://youtu.be/SjeDt7cHRCM?si=nX790XTKjeAqmov5


「救われたひとは、救うひとになる」

よくみる電車の広告の言葉が、一段と沁みる。

この数ヶ月で救われた瞬間が何度もあったけれど、今まで生きてきた中で、わたしが誰かを救えたことなんてあったかなあ。

前よりは成長したなと思っていたけど、まだまだみたい。

 


「知識と教養があり、困っているひとに手を差し伸べられ、また頼られるような人間」

会社で毎年度設定させられる目標に、毎回こんなようなことを書いている。

まだ道半ばまでもいってないかもしれない。

まだまだ伸び代だらけ。

目標だって変わるかもしれないけれど、その過程を楽しんでいけたらいいよね。

わたしは決して自分に厳しいタイプじゃなくて、甘ちゃんな方だと思うけれど

それでも壊れちゃったら意味がないから、自分に寛容に。

ひとには人の厳しさの具合があるんだ、きっと。

そうやってまた、自分を甘やかしている。

 


長くなりました。

 

11月に行ったアイスランドの写真で、終わりにしたいと思います。

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この日は天気が悪かったため、地の果てという印象が強くみえる。


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滝がたくさん。


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もちろん火山もあって、これは火山の洞窟の写真。


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またね!

 

 

 

 

海は広くて大きい

私にとって人生は船旅のイメージだ。

人生の荒波、というように

ときに荒々しい波や、土砂降りの雨を乗り越えなければならない時もあるし

一方で日差しも波もおだやかで、甲板で寝そべっていたいときもある。

たまに他の船と出会って仲良くなることも、あるいは、けんかをふっかけられたり強奪にあうこともあるかも。

食糧は自給自足だし、誰でも楽しい海の生き物やお宝、自然現象に巡り合うことができるわけではなく、時の運でしかない。

それでも船に乗ってしまっている以上、見渡す限り周りは海で、どこかへ逃げたくでも逃げ場はない。

(海へダイプする、という選択肢ももちろんある。人生からの離脱。)

人生、物心がつくころには始まっているように

気が付いた時には船に乗っていて、そして気が付いたら目的地であるどこかの地に到着(あるいは、漂着)しているのだろう。

そこがパラダイスか、荒れた無人島なのかは、誰にもわからない。

そして、その船旅でどこを目指すか(あるいは目的なんてなくてもよい)、

途中手に入れたもののうち、なにを手元に残すかは個人の選択の自由だ。

そうして選択を重ねるうち、航路や船の様相が定まってくるだろう。

何はともあれ、乗り掛かった船、楽しんでいきたいと思う。

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やっぱりお天気が良い方がテンションが上がる

 

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電車の乗り換え口や駅に必ずといっていいほどある路線のマーク。

例えば、山手線は薄緑色の◯の中にYという文字があり、それぞれ○の中には路線の頭文字が入る。

だが、路線は何十本もあり、頭文字がかぶってしまうことが当然にあって

三田線は紺色の◯の中に「の文字がある。

こういう「頭文字ではない路線マーク」を目にすると、

「ああ、丸ノ内線に負けたんだな。赤色だし、向こうのほうが都内を走っていてユーザーが多そうだもんな」と

勝手に路線を擬人化し、同情してしまう。

頑張れ、三田線

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長いこと三田線沿いに住む叔父が

三田線は遅延が少なくて、災害にも強くて滅多に止まったりしないんだぞ」とよく口にする。

きちんと見てくれている人はいるんだ。

頑張れ、三田線

 


〜〜〜〜〜〜〜

今更国ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」を見、辻村深月の「凍りのくじら」を読んだため

大きな海で泳ぐくじらを見たくなった。

最近のわたしは海がテーマみたいだ。

 


むかしから、海か山かと問われたら絶対に海だ。

それは海で泳ぐのが好きだからとかいう理由ではなく、

ただ海鮮が好きなのと、きらきらひかる青い波面をみるのが好きだからだ。

どちらも宝石みたいでとってもきれい。

 


じりじりと陽が照り付けるような日でも、海の音を聴くと体温が下がるような気がするから不思議。

暑くて熱くて、とても素足で日向の砂浜なんて歩けないから、木陰で座ってぼんやり海を眺める。

たまに吹く風は海風でも気持ちが良い。

そんな瞬間を、多くの人が簡単にイメージすることができるのではないだろうか。


私の耳は貝の殻

海の響きを懐かしむ

 


学生の頃国語の教科書で見たこの詩を、ずっと覚えている。

 


そういえば、小さい頃は図鑑が大好きで何冊も買ってもらい、飽きもせずに気に入ったページを繰り返し読んだものだが

中でも貝殻と宝石の図鑑は一番初めに買ってもらった本かもしれない。

 

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こどもあるある:消えないペンで落書きしがち。

 


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ここまで読んでくれた人がいたら有難うございます。

遅れを取り戻すべく必死です。

5月はたくさん良いアルバムがリリースされたね!

Billie, Zayn,dua,Sasha,Sia...

都内に住んでいると、大変気軽にLiveに行けていいよ。

いよいよ暑くなりそうで今から嫌な気持ちになりつつありますが、今年も生き延びたい。

4月の日記

4月は新生活のはじまりということで、電車が異様に混んでいる。

自分が降りる駅ではないが、周りに降りたいひとがいるため一旦降りると、奥からぞろぞろ人が降りてくる。

一体この車両には何人が乗っているんだ?というくらい、後からあとからいくらでも人が出てきて

この状況に出くわすとなぜか大蛇の腹のなかを想起する。

大蛇の腹を開くと、食われた人たちがぞろぞろ列をなして出てくるという

いつかどこかでそんな描写を目にしたのか、理由はわからないが、そんなイメージが湧いてくる。


今日も地下鉄に横たわった蛇の腹から、無限にひとが出てきては、戻っていく。

 


〜〜〜〜〜〜〜

実家に帰ると読書が捗る。

今年の目標のひとつに「ひと月一冊以上読む」を掲げ、すべて軽い読み物にも関わらず通算3.4冊で足踏みしていたのが

一気に3冊ほど読み終えた。

薄い軽い本(エッセイ、小説)だが、受験生の「問題集をたくさん解いて自信をつける」と同じ効果を得られた。

本当は、自己発本や、知識や教養を身に着けるような本を読まなければとずっと思っているが

なかなか進まず、結局好きで読みやすいものに落ち着いてしまっている。

今年こそ最低1冊は読みたい。

いまは「凍りのくじら」、実家では「彼岸過迄」に仕掛ったところ。

漱石は好きだが、片手間に読むと何も理解しないでただ文字を追っているだけになってしまうため、きちんと向き合う必要があり

読む時間を設けなければならないところが、読み進めるスピードを落としている原因のひとつだ。

…と長々と言い訳はここまでにしておく。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜
誰かに憧れ続けるのは辛い。

SNSで容姿端麗なひとをみては「こんな風になりたい」と思い、

やりたい仕事をばりばりこなしているひとをみれば「ああなれたら」と羨望し

何をしているのかよくわからないが羽振りが良く、ブランド物で身を固めたひとをみては「いいなぁ」とため息をつく。


自分以外の人は皆他人なのだから、きりがない。

大谷翔平ではないが、憧れることを一切やめたとき、自分が大切にしたいことがはっきりとわかるようになるのかしらん。

 

住むところでも、職業でも、身に着けるものでもなく

それはいったい何だろう。

 


〜〜〜〜〜〜〜

会社の近くには小学校があり、昼休憩に外へ出ると小学生とすれ違うことが多々ある。

雨の日には皆可愛らしい傘をさしている。

そういえば、子どもの頃は私も似たような傘を使っていて、差す必要がない時には、地面に傘をついて歩くから、履きつぶした革靴の底のように穴が開いたり

仕切られている傘の部分は、一か所だけ透明なビニールの仕様になっていて、歩くときに前が見えるようになっていたことだったり

傘をまとめるマジックテープを自分のほうにぐいと引っ張って勢い良く離すことで、傘についた水滴をひとに浴びせたことや

帰り際、晴れているときには、日傘の代わりにさして傘を乾かしながら帰ったことなんかを、急に思い出す。

 

ビニール傘ではなくて、ちゃんとした傘を使っていたあの頃の思い出が、私の中を風のように吹きわたっていった。

全然忘れていたようなことでも、脳はきちんと記憶していて

時たまこうやって、小さな断片から記憶を呼び起こしてくれる。

 

子どもができると、人生をもう一度繰り返すような経験ができるとなにかで見かけたが

こういったことかな、と考える。

 

〜〜〜〜〜〜〜
ここまで読んでくれた人がいたら有難うございます。

更新が遅くなるのはこれを最後にしたいところです。

 

また蒸し暑い梅雨と夏を迎えると思うと気分が下がりますが、

今年はガリガリ君のチョコミントが復活しているみたいだし、コンビニでもチョコミント味の商品が推されているのは

とても喜ばしいことでちょっと気分も晴れます。

わたしのご褒美は甘いものみたいです。

 

それではまた。

3月の日記

休みの日、何も予定がない時はご近所開拓をしている。

最近は特に行きたい場所もなく、リピートすることもある。

また行きたいカフェが徒歩20分弱のところにあり、先日用事のまえに行こうかと思ったが

思ったより時間がなく、目的地付近のドトールで昼食を取ることにする。

久しぶりにミラノサンドを食べると、こんな感じだったっけ?という味と食感だったが

前よりも柔らかく、味付けもおいしく感じた。

(久しぶりに食べるからだろうか?空腹、気分もあるかも)

 

店内には、和服のマダムや、西洋人のマダム、落ち着いた老夫・が多く、客層に土地柄を感じる。

こういうところでも地域の差を感じられることは、当たりといえば当たり前だが

ひとりでいるからこそ気が付けるときもある。

 

わたしはこういう瞬間が結構好きなので、たまにひとりでうろうろするのも楽しい。

ただ、目的もなくひとりでうろついていると怪しいので、「犬と一緒ならうろうろしていても怪しくないのになぁ」とよく思う。

 

 

4月は年間を通して最も仕事が忙しい時期であることをちょっと失念していた。

とくに最近はそこまで多忙ではなかったため、堪える。

1年前の日記を見ていたら、社会人人生で最も忙しかった時期で、昼休憩にも行けず21時前まで働いている日がざらにあったが

このような働き方を常にしているひとや、もっと働いている人が世の中にいる事実が信じられない。

人間の可能性は無限大だ。

ちなみに仕事で好きな作業は、自分の稼働時間の入力(日々頑張ってるなと思えるため)と、ハンコを押すことで、入社以来変わっていない。

 

 

3月は山口へ旅行に行った。

広島にも1日寄り、大ぶりのぷりぷり生ガキを食べたり、

厳島神社で日中結婚式を挙げているのをみたり、夜に船でライトアップを見に行った。

山口では初めてフグ料理を食べ、しかも何度も食べたし(個人的にはお刺身も好きだが、唐揚げが気に入った)

角島大橋を渡ったり、これもまた天気が良くなった!晴れた!といって道を戻って見にいったりした。

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角島大橋の近くの人気のたまご屋でアイスクリームを買い、食べながら隣の花屋を見ていると、

小学生が作ったかぼちゃが何個も置かれていた。

かぼちゃにお願い事を書くようなのだが、皆揃いも揃って「電車が通りますように」とあった。f:id:doudemoyosugi:20240425170929j:image

通るといいね。

 

 

上階がうるさく常に音を流していないと気が立ってしまうこの頃だが、平日の日中たまにシーーーンと静かな時間もあり、

そうするとなんだか落ち着かない気がするから不思議だ。

カタカタキーボードを叩いたり、外の通りをバイクが通る音がするだけの時間は、

いつもよりもゆったりと時間が流れているような気がする。

加えてお天気がいいと外に出歩きたくなる。

たばこ休憩が黙認されているのだから、お散歩休憩があってもいいと思う。

出社なら、コンビニになにか買いに行くついでに、そうしている人もいるだろうと思うけれど。

外を歩いていて、暑くも寒くもない気持ちの良い日というのはとても貴重だと思うので

「体調不良で仕事が休めるのはラッキーなことだが、反対に天気がいいから今日は休む!ってこともできればいいのに」という投稿に1票投じたい。

 

〜〜〜〜〜〜〜
ここまで読んでくれた人がいたらありがとうございます。

 

3月は予定が詰まっていてこなせるか不安だったけれど、楽しく過ごすことができた。

この頃充実していたせいか、いつも通りのスケジュールに戻っただけのはずなのに、5月6月は予定がなくて寂しく感じる。

何をしようかしらん。

Oisixに加入してから久しくちゃんとした料理を作っていないので、料理の練習でもしようかな。

あとは、実家に帰っているときは断捨離するぞ!って、いつも思っています。

 

では、またすぐ更新できるよう努めます。